最近は葛湯が好きです

メディアアート合宿してきた。in 京都

先日メディアアートが好きな人たちで合宿をしてきました!

今回のイベントは関東関西合同。開催場所は京都です!メンバーは全員Life is Tech ! (以下 LiT)のメンター。

LiTのLeaders講師や教科書作成を通して、メンター各々が考えを持っているのにそれをあまり共有出来ていないことに気がつきました。せっかく同じものに興味がある人がいるのに、それを一緒に深められないのは何かもったいないし、少し寂しい...。そう思って今回のイベントを開催しました。 

 

1日目

関東組は新幹線で京都へ向かい、お昼に関西組とわくわく前泊コースの人と、駅で合流しました。

今回泊まったのはこちら!

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Airbnbで借りた、京都駅から徒歩5分の古民家っぽい一軒家。Wi-Fiはもちろん、キッチン、料理器具、アメニティもあるお家です。お庭もあって、窓を開けていると涼しい風が入ってきます。素敵すぎる...

少しゆっくりしたところで、錦市場へ晩ご飯の買い出しに行きます。本日の晩ご飯のメニューは寄せ鍋です。

歩いている途中は、文様群!これはメッシュで書けそう!!などメディアアートに関心があるからこそ共感できる会話が交わされていました。ふと自分が気付いたことを共有できると、なんか嬉しいですね。

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京都駅のここは、ポリゴンメッシュっぽいですね。

 

さて、今回の合宿はただ観光するだけではありません。LTとちょっとした技術のお勉強も。

LTのテーマは、自分とメディアアート

せっかく集まるので、初めましての人たちもただ一緒に時間を過ごすだけでなく、技術の話や各々の考えまで話せるようになるためのきっかけを作りたいなと思っていました。

そんなみんなのLTとともに、今回の参加メンバーを紹介します!

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(写真左から順に、まっちょ。ふなみん。きゃりー。えびてん。バナナ)

 

まっちょ

中高生の時はメンバーとしてLiTに参加していたまっちょ。

メディアアートは色んなものに繋がっている。プログラミングの技術を難しい・辛いと思った人にも、そのつながりを伝えて、プログラミングの面白さに気づけずに辛い気持ちのまま諦めてしまわないよう支えたい。

メディアアートって何かまだはっきりはよく分からないけれど、楽しませるとか感動させるとかじゃなくて、わざわざみに来てくれている人ではなくて、ただ歩いてる人を立ち止まらせるような作品ではないかなぁと思った。

 

ふなみん

自然の循環を可視化したものや、その関係を色で例えた作品を作っているふなみん。今年だけで夏キャンプに30日以上入っている。

自分で考えたことをコードに乗せて表現するのが好きで、面白いと思えるものを作品にして人と共有したかった。その時感じたものを、その時持っている知識を使って形にしたい。今は活躍しているメンターがどんなことをしているか知りたい、残したい。

 

きゃりー

最近着物の文様やその着方に関心がある。とうとう着付けを習い始めた。

メディアアートを観る・作るとき、技術に重きを置いている人と、背景・意味に重きを置いている人がいると思う。自分は後者。技術も好きだけれど、それはただ純粋に技術を追求したいというよりか、新しいものの見方に気づかせてくれるから、背景・意味をより深掘りできるから好きという気持ち。背景・意味の方の好きなところは、また後でご飯を食べながら。

 

えびてん

中高生の時はiPhoneコースでLiTに参加していたけど、「わくわくするものに出会えそうだから」という理由でメディアアアートを選んだえびてん。

今回のLTで何を話そうか悩んでいたところ、自分の好きなものをたどっていったらあるメディアアート作品にたどり着いた。わくわくしたし、そこで自分の迷いも払拭された。メディアアートは全てを網羅するのではないか。

 

バナナ

参加したフェスは数知れず。理論だけでなく実際にコーディングをして技術を学びたくてLiTに来たバナナ。技術を社会の中でどう使うかに興味がある。

LiTをきっかけにメディアアートの技術を勉強したところ、自分はどの軸で物事を見たら良いのかを迷いが生まれた。現在は問題解決の視点からデザインを勉強している。

 

サカナクション

途中参加のため写真には写っていませんが、関西のサカナクション

友達の気持ちが落ちたとき、一緒にメディアアート作品を観に行ったらその気持ちがポジティブになった。自分もそんなものを作りたい、人を助けたい、と思ってメディアアートの勉強を始めた。

LiTの中で勉強会を開くなら、ただ技術を教える場ではなく、思想までを共有する場にするのが良いと思った。例えば、各々作った作品を見せ合い、議論する場所など。

 

LTのあとは、サカナクションによる技術のお話。画像処理のエッジ抽出についての講義をしてくれました。

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openFrameworksにはAddonという機能を拡張するためのライブラリのようなものがあります。それはとても便利なものですが、それをただ利用するだけでなく、中の仕組みを理解した方がより深く利用すること・表現することができるのではないでしょうか。今回の画像処理のエッジ抽出では、微積を用いて色の差分を求めて処理を行いました。さらにshaderを用いると、もっと速く処理をすることができます! 

 

そして今回はなんと!ポリッドスクリーンを東京から京都まで持ってきました!!(単焦点プロジェクターを用意できなかったのが残念...)

ポリッドスクリーンとは透明なスクリーンで、スクリーンを重ねてレイヤー別に映像を投影したり、Kinectなどと組み合わせればタッチできるディスプレイにもなるもの。

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このスクリーンとプロジェクターで遊びながら語り続け、夜は更けていきました、、、

 

2日目

さて、朝がきました!バタバタと片付けをしながら、10:00にチェックアウトをします。

本日は芸術鑑賞DAY。真面目な話も楽しみながら、歴史や文化、現代アートに浸ります。

 

建仁寺 

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写真の○△□乃庭は、禅宗の四大思想(地水火風)の中の、地(□)水(○)火(△)の象徴だそうです。図形の意味や、それが表現された対象物、などについて立ち止まって話をしました。『メディアアートはただ歩いてる人を立ち止まらせるようなものではないか』という昨日のまっちょのLTを思い出しますね。

 

京都ロームシアター

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京都国際舞台芸術祭 2017が開催されていました。ここで関東メンターのカトリーヌと、昨日LTをしてくれたサカナクションと合流です。

Reactor for Awareness in Motion(RAM)という山口情報芸術センター [YCAM] が中心になって研究している、ダンサーの動きに合わせて環境の変化を視覚的に確認することができるシステムについての展示がありました。特に、そのシステムを応用して、自閉症スペクトラムASD)の人たちの対人距離の違いに着目し、五感から自身や他者のパーソナルスペースを可視化することで、どのような発見が得られるかをリサーチするプロジェクトが興味深かったです。

可視化については、私は何となくもやもやしていましたが、その研究に携わるASDの方の以下の話を聞いて新しい意味に気づけました。

  • 可視化は、他人に情報を伝えるためだけでなく、自分で自分自身を認識するための手段にもなる。

  • 表現がないということは、自分に対しても可視化されていないと言うこと。表現がないと、見えにくい障害(ASDなど)は周りに誤解されやすい上に、自分自身もその原因がわからず自分を責めてしまいがち。それは生きづらさにつながる。可視化はこの問題に対して有効だろう。

 

見立てと想像力  - 千利休マルセル・デュシャンへのオマージュ - 

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京都駅近くの廃校になった小学校で行われていた展示。

小学校なんて何年ぶりだろうね、と話しながら足を踏み入れます。ここにはデジタル・アナログに関わらず、様々な作品が展示されていました。個人的にこの展示会の主催者の視点が素敵だなと思ったので公式HPからの引用を添えます。

デュシャンは伝統的な絵画を「網膜にとどまっている」と言って批判し、作品は目だけを喜ばせるのではなく、知性や想像力に訴えかけるべきだと主張しました。

一方、利休には有名な「朝顔の茶会」の逸話があります。利休邸に咲き誇っている朝顔の評判を聞きつけた豊臣秀吉が屋敷を訪ねると、庭にはまったく花が見当たらず、茶室にただ一輪の朝顔が生けられている。他の花はすべて利休が摘み取らせてしまっていたのです。また、ある茶会では花入れに水だけを入れ、花を生けずに客人に見せました。花はあなた方の頭の中にある、想像してご覧なさい、というわけでしょう。

 

まとめ

今回の合宿を通じて自分の胸にストンと落ちたのが、前にFlying Tokyoで聞いたKyle McDonaldさん(openFrameworksのAddonのofxFaceTrackerなどを開発している方)の言葉。

研究者は何らかの答えを出す。
アーティストは疑問を掘り起こす。

デザイナーは問題を解決する。
アーティストは問題を発生させる。

 

Life is Tech ! の活動に関する事だけでなく、各々の考えや将来を支える何か(技術でも人でも思想でも)にこのコースを通してみんなが出会えたらいいな。

おわり。

音の響き

下宮は左側通行、内宮は右側通行。
舞台向かって左側は下手、右側は上手。
北を向いて左側は西、右側は東。
単子葉類はひげ根、双子葉類は手根側根。

 

音のイメージが似ていて、すんなりと体に入ってきた単語。
左のほうがシュッとしてて、右のほうがふんわりとしているイメージ。
まだ誰からも共感されないけど、どこか私の中にあるイメージ。

音にも柔らかい音と硬い音があるっていうけれど、たまたま上手く結びついてるだけかな。

青春18切符の旅 5-6日目

5日目の朝。朝起きてカーテンを開ける。もくもくという音がぴったりな雲が、空にびっしりと敷き詰められていた。

最初に訪れたのはトロッコ嵯峨駅。駅にはジオラマプラレールの電車がぐるぐる回っているコーナーがあった。こういう一つ一つが動くものって大人になっても不思議と目が追ってしまうし見ていたくなる。VJと似ているような気がした(ちゃんと見たことないけれど)。

タイミングの良い大雨。昨日も雨だったせいか、渡月橋がかかっている桂川は茶色く濁っていた。橋の足元少し上流には、伊勢神宮で見た、氾濫の際に流木が橋の脚に当たることを防ぐための木除杭と似たものを見つけた。天龍寺の庭園の一番高いところは、神社の屋根とほとんど同じ高さだった。やっぱり、高い所から見下ろしたいものなのだろうか。

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ガラガラという音と、見慣れたような景色。もうすぐ旅が終わる。もう時間がない。もう少し踏み込みたい。自分の中でたいしたことないんじゃないかなと思っていたようなことや、ちょっと突っ込んだ真面目なことを口に出してみる。内定先の社員さんの方に、ここに集まっている人は青臭い話もできる人、と言われたことを思い出す。

内々定式で初めて出会った子と、その場で決まった今回の旅。「女子二人で長期間でいると微妙な空気になるよ」なんて言う声もあったけど、その予想は大外れ。その子も友達から同じことを言われていたらしい。みんな考えること似てる。

快速ムーンライトに乗りながら東京へ向かう。青春18切符の旅、どうだった?という私からの質問に友達は「一級品を気軽に肌で感じに行けちゃう旅かな?」と、笑いながらカッコつけて返した。確かに、なんて言いながら二人で笑ってしまった。私自身も一人旅にはない、友達と一緒にどこかへ行くよさを感じた6日間だった。なんとなく自分が感じたことを共有出来たり、意外な視点に気づけたりすると、なんだか嬉しい。その嬉しさが多かった。

寝台列車ではないため、電気は落とされない。席はあまり傾かない。パッと瞼を開いたら、ちょうど車内アナウンスが聞こえてきた。朝ごはんを食べて解散しようか、なんて言っていたけれどお店の目星はつけていなくて。なんとなく歩いた先にあった海辺から朝日が昇ってくる。からっぽのビルの前でiPhoneのタイムラプスで動画を開始する。静かな街。数日前の動画の再生ボタンを押しながら、人の音のする方へ戻っていく。

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青春18切符の旅 4日目 

天気予報によると西日本は雨。城崎温泉に行こうと思っていたけれど台風のため予定を変更。せっかくなのであまり行く機会のないところまで行こうと、近畿地方巡りをすることにした。

泊まっていたホテルのある京橋駅から大阪駅へ移動する。せっかく大阪に来たので、まずはたこ焼きを目指すことに。スマホで検索しながら到着したお店はものすごい行列ができていた。再び近くを歩きながら探し、あるお店に到着した。兵庫のお店だった。頼んだのは、たこ焼きと明石焼きたこ焼きグラタンを一つずつ。お店のたこ焼きを作るところは透明なガラスに囲われていて、たこ焼きが出来ていく過程が見られるようになっていた。幼い頃、パン屋さんのクロワッサンが出来ていくのをじっと見ていたことを思い出す。最近はテレビでも工場のラインとかが番組に取り上げられていたりする。物が生まれていく過程には、何か特有の魅力があるのではないか。プログラミングとも似ているのかなと思った。

私たちよりも遅く来た人たちと同時に食べ終わり、JR大阪環状線内回りのホームへ向かう。ホームの案内をよく聞くと、途中で車両が前後に分断され、和歌山へ行く方と関西空港へ行く方に分かれるらしい。自分たちが並んでいた方がたまたま和歌山方面だったことにちょっと喜びながら、人ごみの中に紛れていく。

15:05頃、和歌山駅に到着。最後の方は、車内はゆったりとしていた。土砂降りの雨。外を歩くのを諦めて入った5階立ての駅ビルには、ブランド品やデパートコスメが売っていた。地元の方が出店しているお土産やさんをのぞき、ジェラートを食べて、みかんジュースを買って駅へ戻る。するとさっきはなかった人だかりが出来ていた。なんと電車が止まっている。どうやら私たちは台風とほぼ同時刻に和歌山に上陸したらしい。とりあえず電車はいつか動くということなので車内で待つことに。窓の桟で弾かれる雨を眺めながら待つこと数十分、ようやく出発した。その後も時々車内で運転見合わせを見守りながら、私たちは京都駅へ向かった。「運転見合わせ」という案内は、普段通学時間に耳にするときとは全く別の意味を持っていた。

夜、京都駅に到着。何を食べようか悩んでいたところ、友達がオススメの抹茶屋さん、中村藤吉を案内してくれた。茶そばと抹茶パフェをいただく。その子にとってのパフェの魅力の一つは、変化してしまうからこその 名残惜しさにあるらしい。中村藤吉のパフェは何度も食べたことのある味で、口へ運ぶたびに昔の思い出が思い出されると同時に、新しい思い出が重なっていくという。「食べ物って、食べ終わった時の気持ちが一番残るから、最初の一口が美味しくても最後にお腹いっぱいで辛かったら、辛い気持ちが残っちゃうんだって」とその子が言った。確かに思い返すと味よりも、誰とどんな風に食べたのか方が覚えている。私の場合はそば団子や手巻き寿司に特にイメージが付随している。

友達が手で持って帰ることを決めた家族へのお土産用の冷蔵保存の抹茶ケーキの位置と傾きを調整しながら、京都の街をガラガラという音とともに歩く。ホテルで明日の準備をしながら、会話は昔読んで印象に残っている物語の話になった。私には、小学生の時に読み、また読みたいけれどタイトルが分からず読めていない話がある。覚えている内容は、あやとりで蝶を作ったらそれがキラキラと飛んで行き、それが男の子の死を暗示しているものだった、という部分のみ。なんと友達もこの部分に引っ掛かりを感じたそうだったが、やはりタイトルにたどり着くことはできなかった。印象に残っているという点で共通していたのは、注文の多い料理店。幸せ円満ハッピーエンドよりも、少し不気味で不可解な話の方が、どこか引っかかるという意味で印象に残っているのかもしれない。

ただ、怖い話は映像だと本当に怖いから不気味なのは文字だけでいい。なぜなら映像を見ちゃうと頭の中で明確な映像になってしまって、自分の生活の中で想像出来ちゃうから。どれくらい、どんな風に想像するのかどうかは、読み手に任せるくらいが丁度良い。ブログの記事に写真を載せない理由も、これと少し似ている。

友達は、自分が本を読むのが好きなのは、時間を忘れるのが好きだからだといっていた。2時間くらい経ったと思ってパッと顔を上げたらまだ30分しか経ってない!っていう感覚、頭の中とページをめくる手の動きと実際の時間の流れがずれているのが好きなんだ、と彼女は彼女自身のことを分析する。集中すると30分しか経ってないと思ってたのに実際は2時間経っていた感覚になる、という話はよく聞くし自分もそう感じることがあったが、その反対(反対と言っていいのか分からないけど)は初めて聞いた。確かにそう考えると面白い。私が本を読むことが好きな理由はなんだろう。誰か別の人の人生を一緒に歩めること、自分の知らない視点で物事を見つめられること、かな。

その後も議論じゃなくて喧嘩になっちゃうのはなんでだろうとか、悪口と注意の違いってなんだろうとか、そういう話をずっとベットの中でお互い上を向きながら話をしていた。口に出して言語化すると、こういう自分の考え方の根本は、小学生〜中学生くらいで既に出来上がっていることに気づかされる。昔話をすると、お互い全然異なる小学校生活を過ごしていること、そして違うことを考えていることが分かる。それでも話していると心地よい。これって何かすごいことなんじゃないか。

ふっと会話が途切れて静かになる。目を開けると外はもう明るかった。

青春18切符の旅 3日目

本日も見事晴れ。いつ台風とぶつかるんだろうと思いながら、まだぶつかってない。運がいい。

何度寝しただろうか。まだ友達を寝てる友達を起こすのは悪いから、と思いながらふと気がついたら9:30だった。きっとお互いに別々のタイミングで起こさないようにしていたような気がする。チェックアウトは10:00。慌ててフロントに10:30に変更できないか電話で頼み、隣の部屋の清掃の音を聞きながら急いで準備をする。昨夜とは違う担当の受付の方に挨拶をして、ホテルを出た。

はじめに尾鷲観光物産協会という施設へ向かう。そこで荷物を預かってもらえるらしい。駅前にある商店街の通りには、昨夜、輪郭の欠けた星型のライトがあるなと思っていたけれど、太陽の下で見るとそれらは流れ星だということが判明した。思っていたよりも欠けていた。ホテルから15分くらいじっとりと汗をかきながら歩く。尾鷲物産協会に着くと、丁度他のお客さんのお見送りをしていたおばさまがどうしたの〜って明るく声をかけてくださった。熊野古道に行く旨を伝えると、中へ迎えてくれた。中には職員の方が3人いた。熊野古道の入り口へ行くバスの時刻を調べると、丁度出発したところだと分かった。すると職員の方が、「じゃあ送っていきますよ」と。え、えええ?!?と、思わず二人で顔を合わせる。その大きすぎる優しさと距離の近さへの驚きだったのだと思う。他の観光物産協会がどんなか分からないけれど、近所の人や友達の車にも久しく乗っていない私にとっては驚きが大きかった。帽子とめはり寿司を購入し、入り口へ向かう。車の中では、熊野古道は涼しくて歩くと少し体が火照ってくる春になる前くらいの時期が混むということ、尾鷲が潮干狩りの穴場スポットでもあることなんかを話した。途中にはものすごく大きなダイソーや、スーパーがあった。商業施設が駅前じゃなくて、駅前から少し離れたところにできるタイプの街なんだ。みんな駅使わないのかな。

熊野古道の馬越峠の入り口の手前の休憩所に到着。最後の最後、入り口まで丁寧に教えていただき、もう感謝しかない。熊野古道へ入る前に、めはり寿司と一緒に買った他のお寿司を朝ごはん代わりに口に入れる。日焼け止めを塗り直して飲み物を買い、入り口へ向かった。尾鷲観光物産協会の方が貸してくださったタオルを農家のおばさまとかバイクの人みたいに目を避けて顔に巻いたら、吸った空気が全て柔軟剤の香りになってしまったので外した。前日の夜の雨で濡れた石は、ざらっとしながらもツヤのあり、サイや象の肌のように見えた。もしかしたら友達も同じことを思ってるかもしれないと思い思い切ってそれを友達に伝えたら、なんと共感してもらえた。この時なんか嬉しくて。一人じゃなくて誰かといる楽しさって、こういうことなのかな。

季節は夏。熊野古道の森は黄緑でも緑でもなく、青緑。水辺のせいか下からの風が涼しくて気持ちい。足元には時々キノコが生えている。一面に広がる落ち葉は綺麗だけど、一面に広がるキノコにはおびただしいという言葉が似合ってしまう不気味さがある。なんでだろう。どの国の、文化の人もそうなのかな。360度から聞こえてくるセミの音は、森をより立体的に感じさせてくれる。大体の場所で水の音が聞こえる。時々川から離れ音がほとんどしない場所に来ると、突然周りに誰もいなくなったかのように静かな空間になる。歩き進めてまた水の音が聞こえてくると、なんだか安心する。広い森に一人じゃないと感じさせてくれるのかな。前に聞いた無音の中に45分いると人は発狂してしまうという話を思い出した。

すれ違った人の中には、本気で山を歩く格好をしたおじさま方から、可愛い服を着た若い観光客、熊よけの鈴をつけてビーサンで登る慣れた人までいろんな人がいた。私たちは中間くらい。途中滑ったり、蜂に驚いてダッシュしたりしながら、無事に下山できた。まっすぐ歩き観光物産協会へ戻る。この時まだ今日泊まる宿を決めていなかった。「これからどこに行くの?」「兵庫らへんです〜」なんて会話をしながらやっと泊まる宿を予約し、最後にアメちゃんをもらい、溢れるお礼を一旦言葉で伝えてその観光物産協会を後にした。

 

尾鷲駅から大阪駅へ向かう。あっという間に日が沈み、気付いたら外は暗くなっていた。高速道路の街灯は赤。確か白よりも赤の方が眩しくない、明るく感じないんだよね。だからかな。東海道本線から関西本線?に変わったら、駅の看板が新しくなった。東海道本線の駅看板の方がレトロっぽくて可愛かった。なぜかレトロなフォントの方が可愛いと思う率が高い気がする。その時間の乗客のほとんどは男の人だった。名古屋あたりで18切符を持って一人で乗っている女性や、松阪で同い年くらいの女子三人組に会ったが、数えられてしまうほど少ない。あ、でも通勤時間も電車の中には男の人の方が多いか。なんだろう。女の人はどこにいるんだろう。

あるところまで来ると乗降する人はいなくなってくる。車両にいるメンバーは30分前と同じ。自分の席の反対側の端っこや、向かい側の席など、7人がけの席に2, 3人くらいずつ人が座っている。各々時刻表を眺めたりスマホをいじったりしている。静かだ。きっとみんな青春18切符とか電車好きとか共通点があるって気がついてるはず、なのに静かで。お互いに言わなくても分かっているような、それぞれこの空気を楽しんでるような、でもどこかお互い無視してるような。そんな感じがした。朝の通勤列車で誰も話さないのとは違う空気。振り返ればここと同じように自ら口を開く人はいないが、ここにある静けさや温かさは、ない。もしも「青春18切符の旅ですよね?私たちもなんです!」なんて話しかけたら、みんなで一緒に話すことになったら、どんな風になるんだろう。なんて想像しながら、結局話しかけられないまま、電車はゆっくりと進んでいった。あ、もしかしたら今分岐点だったかも。

静けさの中、途中で高校生の男女が乗ってきた。会話の有無に関係なく存在として彼らはあの電車の中では異質で、でもなんとなく空気に別の温かさが加わったような気がした。彼らはいくつか後の駅で降り、再び私達だけの車内に戻った。たしか京都の九条駅で、一気に人が入ってきた。多分飲み会帰りでこれから家に帰る人だ。家とは別の場所へ向かう私たちとは明らかに違う。電車ごと誰かの生活の中に入るような。新幹線で街から街へ移動するのとはまたちがう。空間が変わる瞬間だった。

 

京橋駅に到着。人の多さと街の明るさに驚くことを初めて体験した気がする。ホテルに着いてコードブルーを見ながら洗濯機で服を洗う。友達と一緒にテレビを見るのってなんか新鮮。一人暮らしの人の方がテレビとかPCで映画とか見る率が高い気がする。一人でいるとき音がないと寂しいよね。乾燥機に服を移す。だけど時間が経っても経っても乾かない。3往復ぐらいした。熊野古道できっと体も疲れてるから早く寝ようね、なんて言ってたのに結局深夜になってしまった。でも楽しいから、それでいいの。

青春18切符の旅 2日目

朝起きたらすごい雨の音。残念だなと思いながら準備をしていたらセミの鳴き声が。外を見たら雨が止んでいた。セミって晴れてるときしか鳴かないのだろうか。ゲストハウスの荷物置き場は、大きな襖の中。襖は片手では開かなかった。古い家だったので両手で持って平行にしたまま上に浮かせて動かさなきゃ開かないタイプかなと思って頑張っていたら、襖の前にあったソファーを前にずらしただけですんなりと開いた。大きなリュックを宿に置き、私たちは伊勢神宮へ向かった。

 

伊勢神宮の手前には色々なお店があって。砂利と見せかけて割れた陶器敷くお店。青く透き通りながらぎゅっとした密度と自然な濃淡とムラのある陶器。看板に垂直に生けられたお花。展示物のように飾られ、壁の模様になっていたお豆。ふと前を向きなおすと、目の前の女の人が包丁屋さんの中にすっと入った。お店の中心にあった木の棒を引き抜き、店員さんに話しかけている。あの木の棒はなんだろうとお店の中を覗くと、「占」という文字が見えた。「神話占合」だった。聞くと、引き抜いた木の棒の先にはひらがなが書いてあり、その文字から始まる古事記の一部にまつわるお言葉をもらえるというものらしい。面白そうだったので引いてみた。私が引いたのは「と」。『炎も誰かを助けるために使うこともできれば誰かを傷つけることもできる。あなたの才能も、使い方をよく考えてふるまいなさい。』みたいな内容だった。神社で引くおみくじの番号はすぐに忘れてしまうけれど、ひらがなは覚えていた。 

時刻はもう11:30伊勢神宮の手前に伊勢うどんのお店を見つけたので入る。普通の暖かい伊勢うどんを注文。太くてふわふわした麺に濃いめの汁。1時間くらい茹で続けるものらしい。一緒に旅行に行った子は福岡出身で、福岡のうどんも太めらしいけど、こんなに太くはないって言ってた。テレビの前にいたおじいちゃんに食べ方のアドバイスをいただきながら美味しくいただいた。あのおじいちゃんは、きっとずっと通ってる地元の方なんだろうなぁ。

 

伊勢市駅から近い下宮に到着。特に看板もなく普通に立っているあの大きな木の樹齢は900年。あるものは生まれて亡くなって生まれて、またあるものは作られて壊されてまた新しく買い直されてと繰り返している間に、この木は一人で太く成長し続けていたと考えるとなんかすごいことのような気がする。そんなことを考えながら歩いていると、雨が降ってきた。小雨だったので最初は傘をさしていなかったけれど、強くなってきたので傘をさした。するとより近くで雨の音が聞こえる。音は、雨をより意識させた。その後出会った多分一番大きな木は、この雨のせいかツヤがもうすごくて、何かを通り越してディズニーランドのスプラッシュマウンテンの近くにある作り物の木のようだった。角度を変えると七色に光っているように見えた。タマムシみたいに。

バスに乗って下宮から内宮へ。内宮の方が人が多い。神社には珍しい下宮は左側通行だけど、内宮は右側通行。この話で盛り上がったことがあるけれど、またそれは次の投稿で。赤福本店でかき氷を注文。夏祭りの屋台以外でかき氷を食べたことがあまりなくて、もしかしたら人生で一番高いかき氷だったかもしれない。抹茶が美味しかった。 

内宮から少し歩いたところにあるおかげ横丁は、鎌倉の小町通りを思い出させる。観光客が多く、インスタのハッシュタグを指定してるお店まであった。お店ののれんやロゴには、レトロなものから現代っぽいのまであって可愛い。いっぱい写真を撮りたくなる。

 

本日の移動は、尾鷲駅まで。明日熊野古道を歩くから。はじめは(確か)亀山駅で乗り換えてそこで駅弁を買おうと思ったけど、路線図を見たらその一つ奥に松阪駅があることに気がついた。そう、お肉で有名な。調べたらそっちの方が駅弁が美味しそうだったので松阪駅まで行って戻ることにした。そう、「松阪」って、「まつさか」って読むんだって。ずっと「まつざか」だと思ってた。電車は事故か何かが原因で遅延していた。この日にちょうど尾鷲駅で花火大会があることを知ったけど、それに間に合うためには別料金を払って特急に乗らなきゃいけなくて。悩んで悩んで、やめてしまった。ホームで駅弁を開いて食べていた時、目の前にどこで打ち上げられているのか分からない花火が上がった。きれいだね、なんて言いながらご飯を食べていたら、何かが友達の顔にぶつかってきた。バッタだった。もっと驚いた。バッタってそうやって飛ぶものなのか、それとも斜めにしか飛べなくなってしまったバッタだったのか。

真っ暗な景色の中揺られながら、やっと尾鷲駅に到着した。ちょうど花火大会が終わった頃だったのに、駅の周りは伊勢市駅よりもずっと暗い。歩道と車道が混ざってるような道を歩きながら、「これは自分の子供には門限6時にするね」なんて話した。いつコインランドリーで洗濯しようかと話していたら、福岡ではゴミ出しは夜やるものなんだということが発覚した。朝が当たり前だと思ってた。

 

青春18切符の旅 1日目

大学生が終わるまでに、あと何がしたい?っていう話を一ヶ月ちょっと前にした。その時に18切符で旅行がしたいっていう話になって、そこで初めて会った子と二人で旅行することが決まった。偶然最寄り駅が近くだった。それから3回くらい会って計画を立ててついに当日。始発で集合して、西の方に向かった。

 

沼津で休憩。朝ごはんを食べた。ここで降りる時にはもう学生さんや会社員の方と一緒。最初は歩いて行き着いたお店にしようと思っていたけど、なかなかお店がなくて次の電車の時間も迫ってきたから調べてカフェに入った。そこには小倉トーストが売っていた。小倉トーストって名古屋の食べ物かと思ってたけど、静岡にもあるんだね。お昼ごはんを名古屋で食べようって話していたので、食べ比べちゃう?とか言いながら小倉トーストのセットを注文。抹茶ホイップラテっていう甘そうなやつと、トーストとバターと小倉。急いで食べて、駅へ向かった。

名古屋駅に着いたら何を食べようか、とか、今日の宿はどこにしようか、とか話していたらあっという間に名古屋駅に到着。改札を出たら美味しそうなきしめん屋さんと出会った。朝は小倉トーストって言っていたけど、きしめんをみたらそっちが食べたくなっちゃって。ちょっと混んでいたから他のお店にしようかなと思ったけど、回転率が良さそうだったので並んだ。予想通りすぐ入れた。あったかい名古屋コーチンが乗ったきしめんと、冷たい名古屋味噌でジャージャー麺みたいにして食べるきしめんを注文して、二人でわけわけして食べた。ジャージャー麺みたいなやつを上からすくって食べていたらお店の方に「もっと下からかき混ぜて!」とアドバイスをいただいた。

JRの快速みえに乗っていたら、途中でお金を払うことに。快速みえの一部区間はJRではないらしく、そこの510円を払った。前によく電車に乗る友達が言ってたのはこのことだったのか。ちゃんと理解してなかった、ごめんね。領収証の模様は、よくあるパターン模様だった。

伊勢市駅に到着。改札口を出たら、目の前は伊勢神宮への道。泊まるゲストハウスに行く。案内されたのは2階のお部屋。鍵は壁側にある棒を扉の輪に引っ掛けるタイプ。きっと外からでも下敷きとかで下からヒュって引っ掛ければ開けられるやつ。窓の鍵はネジをくるくる差し込むタイプ。外を見ると「阪神タイガーズの家」と書かれた木の看板が立てかけられた玄関があった。なんだったんだろうあれは。到着した時はもう夕方だったので、もらった手書きのお店ガイドを見ながら晩ご飯のお店を選んだ。ラブリーサマーちゃんの『私の好きなもの』にある蟹のお雑炊のフレーズを口ずさみながら、海老のお雑炊を食べに行った。

ご飯から帰ってきたら、もう夜だった。時間はあっという間で、急いで徒歩10分くらいのスーパー銭湯に向かった。いや、そんなに急いでなかったかもしれない。お風呂までの道はとても暗くて、なんでこんなに暗いんだろうと思った。家の作りが昔で玄関にライトがないからか。街灯も車も少ない。マンションも、1階あたり2部屋くらいしか電気が付いてない。人が入ってないのか、みんな寝ちゃったのか。一人だったら絶対こんなところ歩かない、ね、と言いながら二人で歩いた。スーパー銭湯には駐車場に車がいっぱい止まっていて、通ってきた道のどこよりも明るくなっていた。

銭湯の帰りに、ローソンに寄った。ゲストハウスに帰る途中、門限があることと「鍵の暗証番号はこれね」と渡された紙を持ってき忘れたことに気がついた。一瞬どうしようかと悩んだけれど、二人の曖昧な記憶をたどりながら開けられた。よかった。

今日何度開いたか分からないくらい開いた天気のページをまた開く。電車の時間、明日の宿のことを調べていたらあっという間に夜中。コンビニで買ったマスクをつけて、朝起きたらマスクがどっかいってるんじゃないかって心配しながら眠りについた。