青春18切符の旅 1日目

大学生が終わるまでに、あと何がしたい?っていう話を一ヶ月ちょっと前にした。その時に18切符で旅行がしたいっていう話になって、そこで初めて会った子と二人で旅行することが決まった。偶然最寄り駅が近くだった。それから3回くらい会って計画を立ててついに当日。始発で集合して、西の方に向かった。

 

沼津で休憩。朝ごはんを食べた。ここで降りる時にはもう学生さんや会社員の方と一緒。最初は歩いて行き着いたお店にしようと思っていたけど、なかなかお店がなくて次の電車の時間も迫ってきたから調べてカフェに入った。そこには小倉トーストが売っていた。小倉トーストって名古屋の食べ物かと思ってたけど、静岡にもあるんだね。お昼ごはんを名古屋で食べようって話していたので、食べ比べちゃう?とか言いながら小倉トーストのセットを注文。抹茶ホイップラテっていう甘そうなやつと、トーストとバターと小倉。急いで食べて、駅へ向かった。

名古屋駅に着いたら何を食べようか、とか、今日の宿はどこにしようか、とか話していたらあっという間に名古屋駅に到着。改札を出たら美味しそうなきしめん屋さんと出会った。朝は小倉トーストって言っていたけど、きしめんをみたらそっちが食べたくなっちゃって。ちょっと混んでいたから他のお店にしようかなと思ったけど、回転率が良さそうだったので並んだ。予想通りすぐ入れた。あったかい名古屋コーチンが乗ったきしめんと、冷たい名古屋味噌でジャージャー麺みたいにして食べるきしめんを注文して、二人でわけわけして食べた。ジャージャー麺みたいなやつを上からすくって食べていたらお店の方に「もっと下からかき混ぜて!」とアドバイスをいただいた。

JRの快速みえに乗っていたら、途中でお金を払うことに。快速みえの一部区間はJRではないらしく、そこの510円を払った。前によく電車に乗る友達が言ってたのはこのことだったのか。ちゃんと理解してなかった、ごめんね。領収証の模様は、よくあるパターン模様だった。

伊勢市駅に到着。改札口を出たら、目の前は伊勢神宮への道。泊まるゲストハウスに行く。案内されたのは2階のお部屋。鍵は壁側にある棒を扉の輪に引っ掛けるタイプ。きっと外からでも下敷きとかで下からヒュって引っ掛ければ開けられるやつ。窓の鍵はネジをくるくる差し込むタイプ。外を見ると「阪神タイガーズの家」と書かれた木の看板が立てかけられた玄関があった。なんだったんだろうあれは。到着した時はもう夕方だったので、もらった手書きのお店ガイドを見ながら晩ご飯のお店を選んだ。ラブリーサマーちゃんの『私の好きなもの』にある蟹のお雑炊のフレーズを口ずさみながら、海老のお雑炊を食べに行った。

ご飯から帰ってきたら、もう夜だった。時間はあっという間で、急いで徒歩10分くらいのスーパー銭湯に向かった。いや、そんなに急いでなかったかもしれない。お風呂までの道はとても暗くて、なんでこんなに暗いんだろうと思った。家の作りが昔で玄関にライトがないからか。街灯も車も少ない。マンションも、1階あたり2部屋くらいしか電気が付いてない。人が入ってないのか、みんな寝ちゃったのか。一人だったら絶対こんなところ歩かない、ね、と言いながら二人で歩いた。スーパー銭湯には駐車場に車がいっぱい止まっていて、通ってきた道のどこよりも明るくなっていた。

銭湯の帰りに、ローソンに寄った。ゲストハウスに帰る途中、門限があることと「鍵の暗証番号はこれね」と渡された紙を持ってき忘れたことに気がついた。一瞬どうしようかと悩んだけれど、二人の曖昧な記憶をたどりながら開けられた。よかった。

今日何度開いたか分からないくらい開いた天気のページをまた開く。電車の時間、明日の宿のことを調べていたらあっという間に夜中。コンビニで買ったマスクをつけて、朝起きたらマスクがどっかいってるんじゃないかって心配しながら眠りについた。

鑑賞

人と話していて、同じ音楽や舞台を鑑賞しても、感動するポイントが人によって違うよねという話になった。

そのポイントは幼少期から今まで培われてきたもの、浸っていた環境の影響が大きい。特に家。

 

例えば同じミュージカルを鑑賞するとき。

ジャズやクラシックの中で育ったその人たちは、あの盛り上がりでパパパパーンってなるパーカッションが...!ってなるらしい。音楽を耳にすると、歌詞だけでなく演奏の方に気持ちが入るそう。それは今まで聞いてきた音楽が、歌詞ではなく演奏がメインの曲だったから、無意識にそうなるんだろうって。私は行ったことがないけれど、コンサートで演奏される曲で6分間のギター演奏の中で最後少しだけハミングが入ったりするものもあるらしい。こういう音楽の中にいた人は、楽器を演奏する人が多い気がする。

一方JPOPなどのポップスの中にいた人は、ストーリーに重きを置いている人が多い気がする。作品について語るときは、物語の展開や解釈についてよく話す。言葉の多いポップスを聴いているうちにいつの間にかメロディに注目するようになっていたことに気がついた。

 

私は後者で、言葉の多い歌を聞いて育ってきた。ミュージカルでは演奏よりも歌に意識がいっていた。歌と言っても歌詞、声、マイク、間の取り方とか色々あるけれど。あと舞台装置とか照明とかも気になる。

洋楽も聞いていたけど、やっぱり歌が多かった。こういうのとか。

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だから前者のような人を、羨ましいと思ってしまう。自分にはそういう鑑賞がまだ、あまりできないから。でも、歌詞の多い曲の中で育ったことを悪だとは思っていない。だって、その環境だったからこそ、歌を聞いたり歌ったりすることを好きになることができたから。家では口ずさむとかそういうレベルではなく突然歌うこともある。そうすると似た意味を持った別の曲を被せてくる人がいる。最初に歌詞を覚えて歌った曲はなんだろう。幼稚園や小学校のときに聞いたり歌ったりした曲は今でも覚えている。 でもやっぱり前者の人の視点は羨ましいから今から聞いて身につけたい。

 

日本の音楽で、ジャズやクラシックと似てるものは何だろう。太鼓や三味線とかだろうか。言葉で語らない分、一人一人想像して浸る部分が多いのかな。余白みたいな。熱があって、目の前で奏者の人たちが作り上げていって、別々の場所から集まった人の心が一緒に動いていく。

記憶の中で言葉をのせない日本の音楽を初めてきちんと奏でたのは、小学校で踊ったエイサーだ。お歳暮のお菓子が入るような大きな缶を各々持ち寄って練習した。退場するときにかかっていた音楽が確か「島唄」で、その時に初めて「島唄」の歌詞をちゃんと聞いた。デイゴの花の怖さと曲の不気味さに何か惹かれ、絶対にこの曲名を聞いて後で調べたいと思って、退場の練習をしながら歌詞を覚えて家に帰ったことを覚えている。

デイゴの花が咲き 風を呼び 嵐が来た

デイゴが咲き乱れ 風邪を呼び 嵐が来た

繰り返す悲しみは 島渡る波のよう 

大学生になってお昼に家でゆっくりしていると、近くの小学校の運動会の練習の音が一緒に歌えるくらい聞こえてきて、むかし先生が「近所の人のご協力のもと成り立ってるんだよ」って言ってたのはこういうことかと思った。

卒業してから一度だけ母校の小学校の運動会に行った。そのときソーラン節を見て、なんか涙出てきた。音源はテープ。言葉は「ハッ」とか「ソーランソーラン」っていう掛け声だけ。明確なストーリーもない。だけど、何か熱くって。ものすごいエネルギーだった。

着物の展示会に

行ってきた。

着物だけでなく、職人さんや作家さんが直接販売していて、お話も聞ける場。 

 

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木版図案を用いて描かれた着物と帯。

古書と検索したら1、2番目に出てくるような姿をした厚みのある本があり、これは貴重な財産だから、と言いながらその中の図案(?)を見せてくれた。

中でもアール・ヌーヴォーの木版図案と、そこから生まれた帯がもう。

 

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たんぽぽ柄の帯。

なんとふわふわの部分は、和紙。
隣には同じように作られたうさぎ柄も。

 


誰かへの思いが込められた帯結び
古典や現代アートの要素を持つ生地や柄
身につけられるという実用性の高さ

着物は、壁にかかっている絵画とも、足を運ぶ舞台とも、観光名所としてよく扱われる建築物とも違う

芸術だった。 

 

 

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帰りにパン屋さんに寄って、ずっと話をしていた。

豆乳のストローは引き出すタイプじゃなくて最初から曲がってるタイプだった。

 

選んだクイニーアマンは、木のお盆の上にのって出てきた。

お皿ではなくクッキングシートがひかれている。油はシートを超えて下にしみていた。でも、もしもこのシートが油を全部はじいてしまったら、油ギッシュになってパンは不快な感じになっちゃうんだろうね、って友達と話しながら食べた。

 

話している時間はあっという間で、気がついたら夜だった。
私は門限を気にして、時計を時々見ていた。
友達はたぶん時計を見ずに話していた。
もう20:30だね、と私が言うと、友達はすごく驚いていた。

おしまい。

人間失格

人間失格』を読んだ。『恥の多い生涯を送って来ました。』という一文しか、今まで知らなかった。はしがきから始まり、最後のあとがきを読んだところで、なるほど。と一周つながった。

 

私は、その男の写真を三葉、見たことがある

はしがきでは第三者が写真で見た、ある一人の男の子・男性について語っている。男の子は写真の中で拳を固く握り、一から十まで造り物のような笑顔を浮かべている。

この姿から、あ、きっと自分と違う部分の多い人だと思った。(もしかしたら、自分で自分に気がついてないだけかもしれないけど。)『夜は短し歩けよ乙女』では、共感したり、こうなりたいなと思ったりする部分が多かったから余計に。

 

自分は子供の頃、絵本で地下鉄道というものを見て、これもやはり実利的な必要から案打せられたものではなく、地上の車に乗るよりは、地下の車に乗った方が風変わりで面白い遊びだから、とばかり思っていました。
寝ながら、敷布、枕のカヴァ、掛け布団のカヴァをつくづくつまらない装飾だと思い、それが案外に実用品だったことを、二十歳ちかくになってわかって、人間のつましさに暗然とし、悲しい思いをしました。

はしがきが終わり、その拳を固く握っていた葉蔵の視点から描かれた第一の手記が始まる。まずこの想像力に惹かれた。私は大学生になって初めてデザインや物作りに触れて、ものの実利的な意味を知って、日常に溶け込んでいるのにそんな目的があったのかと、単純な形に見えるのに裏でそんな緻密な計算がされていたのかと驚いた。そしてその意味を知るのが面白くなった。けど彼は違う。それを知って悲しくなったんだ。この引用部分以外にいくつか描写がある。彼はこういう自分の頭の中の話、周りの人としなかったのかな。話せなかったのかな。私はもっと聞きたい。

またもう一つ、これに似た遊戯を当時、自分は発明していました。それは対義語(アントニム)の当てっこでした。黒のアント(アントニムの略)は、白。けれども、白のアントは、赤。赤のアントは、黒。

この遊戯の発明は、子供の頃からのあの実利的でない想像と繋がっている気がする。

白のアントは赤、っていう言葉で、好きの反対はなんだろうって考えてたことを思い出した。好きの反対は無関心じゃないかと思ったけど、そうするとじゃあ嫌いの反対は、ってなる。納得する答えにはまだ辿り着いていないけれど、友達と話したところ一旦こんな風に分解された。

好き:ポジティブ, 関心がある。
無関心:?, 関心がない。
嫌い:ネガティブ, 関心がある。

数直線に並ぶ1, 0, -1みたいなイメージ。ポジティブとネガティブが方向で、関心が大きさ。でもそうすると反対っていう関係じゃなくなってしまうかもしれない。って思ってたけど、アントニム当てっこをする彼らを見て、こういうのも捉え方の一つとしてはありなのかなと思った。

「悪。罪のアントニムは、なんだろう。これは、むずかしいぞ。」
(中略)
「冗談はよそうよ。しかし、善は悪のアントだ。罪のアントではない。
「悪と罪は違うのかい?」
「違う、と思う。善悪の概念は人間が作ったものだ。人間が勝手に作った道徳の言葉だ」

アントニム当てっこの中で、上のやり取りがされる。善悪の概念は人間が作ったってことは、罪はなんなのだろうか。キリスト教の主の祈りには、次のような箇所がある。『わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。』罪と悪、両方出てくる。悪ってなんだろう。 

いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、廢人という刻印を額に打たれることでしょう。
人間、失格。
もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。

葉蔵は麻薬中毒になり、病院に入れられる。人間で無くなりましたと言ってるのに、廢人。人という漢字を含む言葉が選ばれている。やっぱり人でいたいのか、それとも人をやめさせてはもらえないのか。どう捉えたとしても、「世間」のいう「人」に縛られてる気がする。この時の「世間」は「自分」だろうか。きっとどこかでこうでなきゃいけない、というのがあるのだろう。

ここへ来たのは初夏の頃で、鉄の格子の窓から病院の庭の小さい池に赤い睡蓮の花が咲いているのが見えましたが、それから三つき経ち、庭にコスモスが咲きはじめ、

病院に入れられたあとのこの場面では、自然に目が向けられている。人間以外のものを意識する余裕が出てきたように見える。あのジアールを飲んだ時の自分の愚かなうわごとが、まことに奇妙に実現したからだろうか。

そういえば子供の頃に物の実利的な面を知り興が覚めてから、人を怖がり、人に愛と信頼を求めるばかりだった。ここでやっと、風景や五感に触れる描写が今まで少なかったことに気がついた。もう物語は終わりを迎えそうである。

思いがけなく故郷の兄が、ヒラメを連れて自分を引き取りにやって来て、(中略)れいの生真面目な緊張したような口調で言うのでした。
故郷の山河が眼前に見えるような気がして来て、自分は幽かにうなずきました。
まさに廢人。

 病院を出て改めて「廢人」という。社会復帰、という方向ではない。病院の中の狂人の中にいるより、檻の外の狂人じゃない人たちの世界にいる方が、廢人ということを意識させられるのだろうか。

 

パビナール(薬物)中毒にかかりり、(中略)奇矯な行動が多くなったことを心配した、先輩、友人たちが、中毒をなおすため、強引に病院に入院させたのだが、このことは太宰に想像を絶する創劇を与えたのだ。今まで自己の主観的真実、正義、倫理、芸術のため行って来た苦闘が、世間からは単なる狂人の言動として見られていたという衝撃、(中略)もう何も信じることができなくなる。

この『人間失格』は、太宰治自身の人生が大きく反映されているとも言われている。解説には、彼について上のようなに書いてあった。そっか、一見不可解に見える行動は、こんな意味があったのか。『〜芸術のために行って来た』と聞くと、実利的に聞こえるのは、私の思い違いだろうか。

 

そういえば、最近芥川賞を受賞している作家さんたちは
テレビで活躍したり
コンビニでアルバイトしたりしている。

その姿だけ切り取ると
それは「世間」が思う「人間」に
よく当てはまっているように見えた。

教育実習

 

教育実習に行った。

実習先は母校の高校。
生徒だったときよりも一時間早く起きて、スーツを着て、あのバスに乗る。
数年前と同じ校舎で、同じ景色を見ているはずなのに、どれも全く別のものに見えた。

 

初めて担当のHRクラスで担任の先生の代わりに朝礼をしたとき。話すべきことは連絡と用意してきたちょっとしたお話の2つだと分かっているはずなのに、いざ教壇に立ってみると、疑問が溢れてきた。

第一声はなんて発したらいいんだろう。
連絡から小話にうつるときはどんな言葉で繋いだらいいんだろう。
朝礼を終わるときはどうやってしめたらいいんだろう。

ただ「はい、じゃあ終わります」と朝礼をしめた時は、クラスの担任の先生から「今日も1日頑張ろうね」とか生徒に寄り添える一言があるともっと良い、というアドバイスをいただいた。

一度朝礼をしめる声のトーンが低くなってしまったときがあった。そのとき、あ、今教室の雰囲気が少し暗くなったな、と自分で思った。

 

実習前半の多くの時間は授業観察をした。
『授業観察』って言葉は最初違和感があったけど、学校からの文章にもある言葉。
『見学』じゃなくて『観察』。

生徒だった時、飽きを感じたり余計なことを考えたりする隙間がないせいか、自然に集中できている人が多かったなぁと思っていた授業。学ぶ内容や学び方(声に出して歌う、問題の解説を聞く、隣の人と話し合う)は、長くても人間の集中力がもつ15分ごとに変わる。授業中に何気なく当てられたと思っていた質問は、オープンクエスチョンなのかクローズドクエスチョンなのか、全体へ問うのか個人を指名するのか、全て計算されたものだった。
担当の先生は、一秒の間が命取り。生徒は褒められたときのことってよく覚えているから、少し大げさに、しっかり褒めてよくできていることを伝える。と話していた。
授業中に違和感を感じた子や、選択授業が増えて授業が重ならない子に対しては、休み時間や掃除の時間に声をかけたり、職員室で他の先生に聞いたりするそう。廊下で何気なく話しかけられて生まれたと思っていた会話は、先生に考えがあって生まれた会話だったのかもしれない。

 

その他、色々な先生の授業、振る舞いを観察した。
一動作、一言、一秒、一音で、その場の空気が変わることに気がついた。

そしてそれらは偶然のものではなく、場を作るために先生が考えて生まれたものだった。最初は一つ一つ意識していたものが習慣になり、無意識に振る舞えるようになる。先生方にとってはもう習慣で当たり前のものなのだ。

 

今までの自分の中で、意識から無意識になった行動ってなんだろうと考えた時、学生カバンの持ち方のことを思い出した。電車通学が始まった頃、右と左、どっちでカバンを持つか悩んでいた。色々と考えた結果私は改札でタッチするところが右側にあるので、右手で定期を取り出しやすいように、左肩でカバンを持つことにした。でも友達にそれを話したら、その子は右手で定期を取りやすいように、右肩でカバンを持つようにしていた。

目的は同じ「タッチしやすいようにカバンを持つこと」なのに、持ち方は違った。

 

先生が言っていたことの中で、印象に残っていることがある。
それは、「授業中が生徒と1番深く関われる」という言葉。

意外だと思った。
休み時間や掃除の時間に一緒に話したり、友達と過ごしている姿を見たりする方が、深く知れると思っていた。

しかし、授業中だからこそ、その子の普段見えない部分に触れられることに気がついた。
休み時間や朝終礼などの自由な時間と異なり、授業中は同じ時間に同じ席に座り同じことを学んでいるという状況になる。そんな状況下だからこそ、各々が何を考え、どんな表情をして、どんな反応をするのか。という部分が見える。

そう、先生はよく見ている。

 

教師の立場から見れば、小さな行動でその場を変えることができる。
生徒の立場から見れば、小さな行動から自分を読み取られてしまう。

なんとなくマザーテレサの言葉を思い出した。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。 

 

今回の教育実習から帰って来たあと、色々な人に実習であったことを話した。
その中でも同じところで同じ反応をされることが何度もあった。

「生徒はみんな自分が育てた子供のように可愛く、実習生同士でもそれぞれの生徒の話を自慢するようによくしていました。」

この私の感想に対して、多くの人から「良い経験をしたんだね」と言われた。本当にその通りでいま自分で振り返っても忙しく、幸せな経験である。このポイントでそれが伝わりやすいみたい。

実際に実習を終えるまでは、教育実習というものがこんなにも普段と違う環境の中で、違う立場に立ち、違う時間の流れの中の生活することだということに気がつかなかった。今まで触れたことのなかった生活に触れることができたのは、本当に貴重な体験になった。

もうお世話になった先生方には感謝しかない。他の実習生の友達はどんな経験をしてるんだろう。また文化祭でクラスの子達に会えるのが楽しみだな。

はい。また待ち遠しいことが増えた。

メディアアートって

最近メディアアート・デジタルアートみたいな展示、イベントが増えてきた気がする。
2、3年前に初めてこういうメディアアート的な展示に行ったときは、仕組みも全く分からなくて、何もかもが新しくて、目の前で触れて変わっていく展示そのものが楽しかった。

しかし最近は「あぁ、こういうやつね」と思うことが多くなってしまった。

そんな時にライゾマのFlying Tokyo #20に行って、自分の中でのメディアアート的なものが整理されてきた気がする。


自分の中でメディアアートが2つに分かれてきた。
1つは「手段」としてのもの、もう1つは「アート」としてのもの。
Kyleさんの話と照らし合わせると、
「手段」として、というのは問題を解決するデザイン、
「アート」として、というのは問題を発生させるアート。

ペンを使って、デザインすることもアート制作をすることもできるように、
デジタル技術を使って、デザインをすることもアート制作をすることもできる。

例えば食神さまの不思議なレストラン展は、「手段」だった。キャプションにも「デジタルアートという手法を使って、日本食を広げたい。楽しんでほしい。」というようなことが書いてあった。

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最近はメディアアートというとデジタルアートとほぼ同じ意味で用いられることが多い気がする。しかしメディアは媒体のメディアだから、必ずしもデジタルじゃなきゃいけないわけじゃないということに気がついた。Kyleさんが紹介していたOno YokoさんのGrapefruitという作品は、紙と文字だ。

Wikipediaによるとメディアアートの起源は1834年のゾートロープらしい。葛飾北斎富嶽三十六景が刊行された頃だ。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/99/Zoetrope.jpg/440px-Zoetrope.jpg

これが起源だとすると、確かにメディアートの歴史は他の芸術分野と比べると短い。プログラミングとかはしないけど、そういう展示を2回くらい見たことある友達は、「メディアアート、楽しいとは思うけど、なんか浅い。レンブラントの絵を見に行ったほうがいいかな。」って言ってた。

何をもってメディアアートとするかってやっぱりまだよく分からないけれど、
メディアアートは歴史的に浅いから面白くない、っていう見方もできるし、
今その歴史が作られている瞬間だから面白いっていう、っていう見方もできると思った。

多分私は後者で、どこかでまだ見たことないものが見られるんじゃないかと期待しながら、また足を運ぶ。

Flying Tokyo #20

ライゾマのFlying Tokyoに行ってきた。

research.rhizomatiks.com

 

少し前にツイッターで見かけて、前のzachさんの時も参加してすごく刺激を受けたので、今回も参加したいなと思っていたらいつの間にかに当日になってて、慌てて友達に声をかけた。前は1人で行ったけど、今回は3人。会場ではやっぱり知り合いに会った。

前回は動画が公開されたけれど、やっぱり振り返る時は自分のまとめたテキストを読んでいたので今回もまとめておく。感想は別の投稿で。

もし勘違いや間違いがあったらすみません。個人のメモだと思って読んでください。

 

 目次

・Kyle McDonaldさん

 1. メディアアートって何
 2. メディアアーティストになるために
 3. アイディアを見つける5つの方法

・NONOTAKさん

 

 Kyle McDonald

メディアアーティスト。openFrameworksのAddon、ofxFaceTrackerとかofxFftを作っている方。日本語を混ぜたスライドを作ってきて下さっていた。このイベントの翌日、帰国する時にTwitterで「カイル帰る。」ってつぶやいていた。

1. メディアアートって何

メディアアートとニューメディアアートはだいたい同じ。パフォーマンスアートとも似てる。絵画とは異なり時代による変化が大きい。届けるメディア・媒体(Webか、直接か)との関係を考える。

個人的には彼が言っていた研究者とアーティスト、デザイナーとアーティストの違いになるほどと思いました。後述します。

Yoko Ono(1933)

ジョン・レノンと結婚した方)
言葉で描かれているアート。

https://moma.org/wp/inside_out/wp-content/uploads/2015/07/Grapefruit_Cover.jpg

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Grapefruit (1964)

 

 Sol LeWitt(1928-2007)

http://publicdelivery.org/wp-content/uploads/2013/07/sol-lewitt-wall-drawing-11361.jpg

Wall Drawing(参考

絵画の指示書を作成。描くのは他人。今もその指示書が残っているため、描くことができる。

一番大切なのは、描かれたものじゃなくてコンセプト。コンセプトが決まれば、形は自然に生まれる。アイディアはアートを製造する機械みたい。

The Algorists(B 1960-)

アートにコンピュータを用いた最初の人たち。アートワークのための指示書を、さらに機械に読ませる。

Nam June Pail(B 1932-)

http://newsdesk.si.edu/sites/default/files/photos/Paik_Super_Highway.jpg

彫刻作品の中にテクノロジーを埋め込む。初めて携帯型レコーダー?を使った作品を制作した。

60年代。テレビが生活を変えていった時代。テレビが猛威をふるっていた時代。テレビは私たちの生活を一方的に侵略してきた。それを持つことで、それに振り回されずに使う側になることを表現したのではないか。

Lillian Schwartz

Generative artの初期の人。アルゴリスト。

Janet Cardiff (B 1957)

http://www.cardiffmiller.com/images/installation/motet/motet_2.jpg

The Forty Part Motet

サウンドインスタレーション。スピーカーの中を移動していく。位相。彫刻と音響の作品。

Christina Kubisch(B 1948)

http://www.christinakubisch.de/images/works/fl/2006birmingham.jpg

電磁波を聞けるようにした。例えばATMに近づくと、ATMから出ている電磁波を音で感じることができる。

Eduardo Kac(B 1962)

バイオアートの先駆けの人。

http://www.ekac.org/albagreen.jpeg

Alba(the fluorescent bunny)

GFP緑色蛍光タンパク質)が組み込まれたうさぎ。今は色々(光るシルクとか)あるけれど、前はなかった。
(参考

Jodi 

Joan Heemskerk(B 1968)とDirk Paesmans(B 1965)の二人組。

http://v2.nl/archive/organizations/jodi.org/leadImage_large

http://wwwwwwwww.jodi.org/

メディアアートはメディア(媒体)と関係している。無視できない。同じように、インターネットはネット環境を無視できない関係。

見た目は意味不明。だけどソースコードは電子爆弾の設計図。機械が認識できる言語と人間の認識できる言語とのズレを表現。

Toshio Iwai(B 1962)

www.youtube.com

家の模型にプロジェクターで線がひかれる。プロジェクターと模型の位置関係によって変化。

Natalie Jeremijenko(B 1966)

政治的意味を持つ作品が多い。

http://www.we-make-money-not-art.com/wow/0ajeremitrue-1.jpg

Tree Balance

シーソーの端っこにクローンの植物が置いてある。外界の環境(たぶん湿度とか)によってバランスが変わる。崩れる。

私たちは遺伝子にデザインされたものの以上のものである、ということを言いたいのではないか。

(参考:Ted

Lia

ピクセル1つ1つに気をつかう。紙ではないく、スクリーン上でどう見えるのかを追求。

https://creators-images.vice.com/content-images/contentimage/no-slug/bab45371f210bf81495e70a650a0ae79.jpg?resize=640:*

Rafael Lazono Hemmer(1967)

パブリックな作品が多い人。

vimeo.com

Sandbox

箱庭と砂浜。箱庭で砂を触って遊んでいると、いつの間にかビーチにいる人と遊んでいる。

Camille Utterback(B 1970)

www.youtube.com

Text Rain(1999)

ポエムをダンスや体のうごきで創作する。カメラとコンピュータを組み合わせた。

ELEVENPLAY+RhizomatiksART+COM

www.youtube.com

www.youtube.com

Kinetive sculptureはBMWの広告。でも美術館で展示。

どちらもプロジェクトとして大きい作品。パーツも多い。大規模になると実験的に試したり挑戦したりっていうのがなくなりがち。でもこの2つは野心的かつ実験的。メディアアートは、一人でも大人数でも作れる。

メディアアートは時間と時間と密接。昔はテレビやラジオなどの媒体を。でも本質は変わっていない。もっと歴史から学んで欲しい。2000年よりももっと前からある。

あと真鍋さんの参考リスト

 

2. メディアアーティストになるために

学校へ行こう

自分はFine Artのマスターをとった。振り返れば技術は個人でもできたかなって思う。でもより良いフィードバックを受けながら成長するために学校は重要。

② 人に教えよう

ワークショップ開いたりとか。教えることは技術的なものでなくてもいい。一方的じゃなくてグループで共に学ぶと良い。自分も人に教えている瞬間に気がつくことがある。

SNS上の地位を確立しよう

これは作家のことをいつも思い出してもらうために必要。一見頭悪そうに思われることもあるかもしれないけど、どこかで人を集めようとした時に、思い出してもらえることは大事。

④ 作品を記録して他の人と共有しよう

自分以外の外の世界の人に、自分を覚えてもらう有効な手段。これで判断されることが多い。

⑤ コミュニティーに参加しよう。作ろう。

得意なことや関心、背景などがバラバラなコミュニティーな程よい。自分は3Dプリンターでジーパンを作ったりした。自分だけじゃこれはできなかった。考えもしなかった。

あなたよりも経験のある人たちと動くように。同じくらいの人たちと活動するのも良い。今はインターンもあるので参加してみて。自分にとってはopenFrameworksコミュニティーが結構大事。

⑥ 定職(安定した収入)を持て

Who Pays Artists? というサイトを作った。どういうアートに市場がどれくらいお金を払うかが分かるサイト。

私自身は外注でコードを書いたりもしている。

⑦ 毎日練習(Practice)せよ

Practiceには、人に教えるのもパフォーマンスするのも含まれている。

人の目に触れるところで行動を。気が引き締まるし自分のレベルも上がる。自分はgithubにあげたりする時、気が引きしまる。

⑧ ナイスであれ

敵を作らない。メディアアート業界狭い。ナイスじゃないとなかなか受け入れられないよ。

⑨ 体を大切に

アーティストって楽って思われてるかもしれないけど、全然楽じゃない。睡眠時間を削って多くの時間を使ったからといって、良い作品ができるわけじゃないことを、自分は学んだ。

運動もとかもしてね。こんな風に。(と言って真鍋さんの恋ダンスが流れる)

 

3. アイディアを見つける5つの方法

① ブレスト

作業しないで考える時間が大切。どこにいくか、誰と話すかも。自分は刺激的な話ができる友達とよくディスカッションしてる。

② 毎日新しい可能性を見出して追求せよ

毎日練習と似ているかも。日常の中に何か疑問を持って。ここをこうしてみたらどうだろうって思ったり、うまく動かないものや変なものがなぜなのか考えたり。

新しい可能性がそこにあるのに気づかないのはもったいない。

③ 自分自身の可能性を信じて

自分自身の声を聞いて。

私は最近機械学習をしてる。トレンドだよね。でも面白いと感じていない。まだそこに自分っぽいものを見つけられていないから。今はそれを探している途中。

トレンドでもいい。そこに自分ならではのものを持っていって。それはみんな違う。それを探すのが大変かも。

④ 作品を発表する場所を考えずに、どんな場所でもできないか考えて

街中。友達とのコミュニケーション。Webの上。どこでも発表の場所になる。場所がないなら自分で作れ。

⑤ 恐れるな

これをやったら上手くいかないだろうなとか考えてやらないのはダメ。むしろダメかもと思ったことをやってみて。偶然できたアートワークだって数多くある。作品に取り掛かるのに、どれくらい綺麗な形や良い結果が生まれるかは関係ない。

 

最後に 

研究者は何らかの答えを出す。
アーティストは疑問を掘り起こす。

デザイナーは問題を解決する。
アーティストは問題を発生させる。

自称すればそれでアーティスト。ただしその分責任は発生する。壊していくから、社会ではアウトサイドの人になる。その代わりに自由を得る。

 

NONOTAK

建築家でありミュージシャンであるTakami Nakamotoと、イラストレーターであるNoemi Schipferの二人組。パリで組む。

建築って出来上がるのに何年もかかる。学生の時は好きなものを作れていたけれど、仕事にしてからはそれが難しくなった。もっと実験っぽいことをしたい。そう思って始めた。 

LIGHT、SPACE、SOUND、の3つがポイントになっている。

HIDE AND SEEK

www.youtube.com

夜光塗料で壁に絵を描いた。夜と昼とで違う表情になる。

ISOTOPES

www.youtube.com

動くスペース。網戸にプロジェクターで投影。(ライゾマのこれも網戸)

DAYDREAM

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投影距離が短くても大きく映し出されるプロジェクター(名前忘れた)を使用。アニメーションは単純に、媒体を複雑に。

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鏡を用いた無限バージョン。プロジェクターは1つ。

PARALLELS

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今度は部屋に生地も何もないインスタレーションを作りたいと思い、煙で。

MASK SERIES

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壁に飾れるようなものを、という依頼があって制作。ディスプレイじゃない。デジタルじゃないけどデジタルっぽいものを。壁からちょっとずらしてかけることで、間に影が生まれる。その影で描く。細い線が細かく引いてあり、見る角度を変えるとチラチラする。

LATE SPECULATION

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バンドをやっていたこともあり、ライブをしたかった。前と後ろにプロジェクターが1台ずつ、前に観客がいる。前から当たっている時は観客から姿は見えない。後ろから当たったときに見える。

 HOSHI TEASER

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ものすごい広い倉庫みたいな場所を全面使って欲しいと言われて制作。

PLUME

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90度に合わせた鏡と蛍光灯(?)1本。偶然90度に合った鏡の前にペンが落ちたのを見てアイディアが生まれた。

NARCISSE

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神話ナルシスからインスピレーションを得て制作。ナルシスが水を飲もうと水面をみたらものすごい美しい人が写っていて、その水面に写った自分にキスをしようとしたら落ちて溺れて死んでしまった、という話。

この作品も、水っぽい一面がありながら、だんだん尖ってくる。

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光を上から当てて壁に反射させて描く。壁を見るかモーターを見るか、分からなくなってくる。

VERSUS

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ドームで展示している。最初はドームの形に沿って。だんだんその形が消えて別のものに。

HERMÈS X NONOTAK present LIGHT EXCURSION

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エルメスからの依頼で、お店のディスプレイを制作。商品があるだけで十分なはずと思った。商品1つ1つにモーターをつけて制御。

 

 最後に

よく自分たちの作品を見た人に、どれも似ているねと言われる。60年代は、根本に共通する1つのアイディアがある表現を追求する人が多かった。自分たちもそうやって追求していきたい。

 

まとめ

会場は女性も多かった。1人で来ている方も。学生は1ドリンク込みで1000円というお財布に優しい価格。できあがった作品だけでなく、その裏側や制作者が何を考えているのかとかを聞けるのはすごく面白い。さらにその表現をするようになったきっかけや、コンセプトの背景にある経験とか、もっと気になってくる。また行きたいです。